Photo by 田村正義 Masayoshi Tamura
CHOKHA COAT
Chokha(チョハ)は古くからその地域で着られている民族衣装で、襟無しで膝より長いくらいの丈のローブだ。通常スタンドカラーのArkhalukhi(アルハルヒ)とういインナーとセットで着られる。またBurka(ブルカ)という毛皮、もしくはフェルトでできた外套を着る。
Chokhaは羊毛で作られており、外見の特徴としては胸に連なったポケットだが目を引く。これは火縄銃の火薬をいれる筒や、弾薬を収納するためのもので、gazyr(ガジール)とよばれる。腰には細いベルトが巻いてあり、そこには短剣、その他様々なものをつけられるようストラップがついている。ここまで読んでお分かりだ思うが、軍服としてのディティールが多い。場所柄、紛争が多い地域であり、その名残が一般的な民族衣装として残った特異ケースである。現在では誇りと象徴としての役割を発揮し、さらに民族舞踊やハレの日の着衣として着られている。
形状としてはカフタンに似ており、スタンドカラーのインナージャケットと襟無しの長い着丈の羽織り物という共通点がある。カフタンはペルシア由来という説があるが、その利便性と当時の国家間の戦争やシルクロードを介して様々な国がカフタン様式を取り入れた中の1例でもある。
機動性を増すための造作を施されており、ひざ丈やそれより少し長いくらい。また腰の後ろにタックをいれることで運動量の確保と、横にスリットを入れることで足さばきの良さを確保している。
AKHALUKHI JACKET
Akhalukhiはチョハの下に着るインナーシャツ、ジャケットのことを指す。スタンドカラーで一重のものもあれば裏地のあるものもある。
着丈は太もも位のものが多いようでchokha同様腰の後ろに可動域を増やすためのタックが仕込まれている。様々な民族衣装を見てきた中でもAkhalukhiのスタンドカラーは幅が広めかとおもわれる。山岳地帯での防風など体温調整に必要な機能であったのではないだろうか。比較的現代の物しか見れてはいないがその切り替えがすごく特徴的なものがこの地域の服にはよく見られる。カフタンなどは方から裾にかけて一枚の布で切り返しは特にないが、こちらは肩甲骨から腰にかけてのカーブ、ウェストから下にかけて縦、横と切り替えが多く入る。これは直線的な服作りでは無く、曲線的な服作り、体に沿った、または何らかの意味をもって作られたものであるという事だろう。このパターンの形状は現在のタキシード、モーニングコートとの類似点も見られる。一般的に言われているタキシードの由来は、実はそうではないのかもしれない。もちろん西洋的な服作りの中から出てきた特徴が広まった結果という事も否定はできないが。
そんなAkhalukhiを今回はジャケットとして作ってみた。シンプルで且つ使いやすい。また動きやすいジャケットにできたのではないかと思う。
TALAVARI JACKET
Talabvari(タラバリ)という。もともとグルジアの服はタラヴァリと呼ばれていたが、後にペルシャがグルジアに侵攻した後、ペルシャ人はグルジアの民族衣装チョハ(布で作られた衣装を意味する)と呼んだことで後に一般的にチョハと呼ばれるようになった。
このTalabvariの特徴はやはり緻密に、繊細に施された刺繍であるが、何より形が独特だ。今まで調べてきた様々な地域の特徴が見られる。
普通前中心にある合わせはモンゴルのデールや漢服のように中心からずれている。しかし前が2重になっているわけでは無いので寒さ対策というわけでは無さそうだ。前後ろのエプロンのように大きい裾はイヌイットのちゃんちゃんこにあたるアマウティの特徴に似ている。アマウティはのエプロン状の裾は、子宮の有るお腹や腰を寒さから守る事と同時に厄除けのような意味合いを持つパーツだった。Talabvariは男女ともに着用するが、1400-3000mほどの山岳地帯に住んでいる人々の衣類なのでおおよそは風よけや寒さ対策としての要素が多かったのではないかと思われる。
そのタラヴァリをレディースのチュニックとして制作した。かなり着丈も長くし、形の特徴でもある中心からずらした前合わせを再現。比較的細めに作ったことでさらにアウターを着ることも可能にしたので秋から冬まで長く着れるものになったのではないだろうか