Photo by 田村正義 Masayoshi Tamura
[Annoraaq:アノラック/Parka:パルカ]はイヌイットを代表する民族衣装であり、そして世界最強の防寒服の異名も持つ服である。アノラックは外套に当たる服で毛が外に向いている。夏季、冬季共に着るアティギ(アノラックの中に着る服) は毛が内側に向いていて、その二つを着る事で-40℃の世界でも耐えうる最強の服となるのだ。
素材は毛皮で出来ており、カリブーや白熊、アザラシオオカミなどの毛皮で作られる事が多い。カリブーは軽く、白くまは重いが暖かい。アザラシは防水効果があるのでブーツなどにも使われる。フード周りや裾には毛の長いオオカミなどを使用し風が入りこむのを防ぐ。フリンジをあしらったものもあるが機能としては同じくたなびかせることで風がコート内に入り込むの防ぐ機能がある。
そもそもアノラックは肩から裾にかけて末広がりのいわゆるAラインの形をしている。これは「温かい空気が上に上がる」と言う特性を利用し、丈の長いアノラック内の上(胸)部は毛皮と自身の体温で温められた空気が溜まり常に温かさを維持してくれるのだ。しかし運動をする事で温度が急激に上がり発汗した汗をそのままにすると逆に体温を奪われることになる。外気は零下であり、場合によっては生死にかかわる事になる。そうならないようにフードをうまく使って換気し服内の温度を調整する。
アノラックを作るのは女性の仕事である。また資源も限られて居る中、実に機能的な作り方をしている。まず生地の毛皮は先述した通りで、糸は動物の腱を利用する。乾燥させた腱から糸として筋繊維をむしり取り、それを骨で出来た針で縫う。腱の濡れると収縮する特性が、縫製した部分から水が入り込みにくくしてくれるのだ。
しかし革製品は水に弱いという面も持っている。一度濡れると乾燥と共に固くなってしまう。これをほぐすのも女性の仕事。革で服を作る時や、使って固くなった革をほぐす時、彼女たちは一番合理的に力加減を加えほぐす方法、「噛む」事で革を柔らかくする。暇さえあれば革を噛んでほぐしているそうで、世間話をしながら噛む。家でくつろぎながら噛むといった具合に良く噛んでいたらしい。なにせ旦那から子供、自分の服まで入れて何着分もあるのだからしようがない。例え泥まみれの皮靴だろうが汚れたコートだろうがお構いなしに、噛む、噛む。そのせいか老齢になるころには歯がほとんどすり減って無くなっているような方もいるそうだ。
以前同じ北方民族のサーミを調べた時の毛皮のコートと同じく、イヌイットのコートもパターンを調べていた時に思ったのがパーツ数の多さである。サーミの毛皮のコートはなんと40パーツ以上あった。それも細かくおおよそ左右対称に作られていた。今回のイヌイットの服も複雑に入り組んだ形が多く、最初は革を最大限活かす為、動物の体の形をそのまま生かした形にしているので調整が必要なのかとも思った。それも一理あるようだがどうやら成長に応じて長さを足しているようである。もちろん毛皮はいずれ毛が抜け落ちていったり、破れたりで補修が必要だった事もありえるが。しかしそれを意識して見ると資料のコートを着た人の名残りを見た気がして、とても温かい気分になった。成人になって体の成長が止まった後も補修し、継ぎ足していくことでその服は何年も着続けられてきたのだ。
今回落とし込みは世界最強の防寒着に近づくべくブランドとしては初めて全体に化学繊維を採用した。防風性のある高密度のポリエステルのバックツィードに撥水加工が施された生地を表地に。裏地は軽めの中綿にする事で毛皮の保温性を再現ウェストからヒップ、裾にかけてボア生地を使う事で座った時押しり肩冷えないように。また全体をAラインにして暖かい空気を保持。裾はフリンジにする事も考えたがデザイン的に納得ゆかず、結果前開きにし、シャツのようなラウンドテイルにする事で風にたなびくようにして、下からの風の吹き込みを軽減させることにした。アノラックには無いが、街中で手が冷えないようにポケットとは別にハンドウォーマーも設置。フードの襟も比較的高めに設定し首周りを温める。
Gut=腸 Skin=皮。読んだ通り腸で出来たパルカ(アノラック)で防水服である。調査した資料は今まで見た服の中で一番軽く空気のようだった。そして綺麗だった。一見紙にも見えるような質感と触感。半透明な革は、もはや服としての存在では無いかのような。実物をお見せできないのが残念だが機会があれば是非見て頂きたい。
私が調査した物は縦に腸を配置して繋げているが、これを横に繋げている物もある。また使う腸の動物の種類によっても多少違いがあり、アザラシやセイウチでは腸自体の大きさも違うため見た目もかなり変わる。場所によっては海鳥の爪や羽で装飾を施してあるものもあり、非常に美しいものである。
腸は中を綺麗に洗い、ふくらました状態で乾燥させ、筒状の物を割いて使う。縫製の際の糸は動物の腱やカリブーの毛を使い、特殊な縫い方で縫製する。防水服であるため縫い目は非常に細かく水が染み込まないように随所に工夫がしてある。
革の端を挟みで折りこむことで水が侵入しずらくなっている。ロックミシンで縫ったときのような仕上がりに見え、1回縫った後にその縫い目に通して、覆うように縫い絞る事で革の密着性を強化している。腱の糸の場合は濡れることで収縮するのでその密着度は更に強くなる。調べれば調べるほど考えられた仕様だ。正直かなり驚いた。極地で生活していく中で情報の積み重ねと言うのは斯くも膨大な量になっているのだと言う事を改めて認識した。彼らが移住してきたとされている最終氷期から約1万年。1万年の間に積み上げられてきた英知には脱帽するしかない。近年では機能素材がどうのこうのという事をよく聞くが、アノラックに匹敵する防寒具やガットスキンパルカの様な防水服の機能に近代技術が追いついたのはつい最近の事である。自然界のものと言うのはやはり素晴らしい力を持った物ばかりだ。同様の技術を用いて革でカヤックを作るのも彼らの技術が素晴らしい事を物語る。
そしてその英知は現代に受け継がれる。パルカは現代のパーカーの御先祖様なのである。アウトドア好きの人ならアノラックと聞いてピンとくる人もいるはず。現代においてアノラックとはプルオーバータイプのウィンドブレイカーを指す。もちろんこれも御先祖様はイヌイットのアノラックである。1800年頃から北極圏探検が始まり近代にいたるまで様々な人が極寒の極地を探検する為に彼らの服を研究し試行錯誤して練られてきたのだ。
そんなガットスキンパルカ。すでに研究され「アノラック」として商品化がされている物をやっても面白くない。そこで一番最初に自分がガットスキンパーカを見た時に思った「綺麗」と思った事を服にしたいと考え、シャツにする事にした。見た目の美しさに重点を置き、縦に入れた気切り返しとピンタック、袖すらも切り返しを利用して袖開きを作る。特筆すべきは通常は別パーツにする台襟とカフスを、身頃の延長、袖の延長として裏からパーツを縫いつけるのみで製作している事である。そもそも細長い腸から制作するパルカも出来るだけそのままの状態で裁断せず使うようにしてある事から倣い、実験的にやってみることにした。また仕様の都合でヨークが無いのも今までのシャツとは違う点である。通常ヨークと身頃の間にタックを入れることで運動量を補填しているが今回は肩甲骨周辺の幅をいつもより出す事でその運動量をカバーしている。
[Amauti:アマウティ]は女性用のアノラックのことを指し、特に大きなフードの付いた物をことを指す。これは日本でいう「ねんねこ半纏」と同じで、用途としては背負った子供の防寒をも兼ねた防寒服である。非常に大きなフードの中にすっぽりと入り込んだ子供の様子が非常に可愛らしい。日本のねんねこ半纏との違いは、日本は前合わせ仕様でるのに対し、イヌイットのそれはプルオーバーの仕様である事である。極北故、出来るだけ隙間の無いようにしているのだ。着方としてはほぼ同じで内側の帯でウェスト、肩に子供を固定しその上から着る。
冬用のアマウティは前と後ろの裾が異常に長く強調されている。これは男性用には見られない形であり、最初は単に腰かけた時に冷えないように長くなっているのかと思ったが、それ以上の意味があるようだ。そもそもが子供と母親をつなぐ役割を持つ服であり、また生殖を意味する要素が大きいようで。アマウティを着る事を拒否する事は出産を拒否するのと同じ事という捉えられ方すらされたそうだ。コインやビーズなどの刺繍によって作られたお守りがあり、それは卵巣を表す前の裾を、後ろの長い裾をたなびかせることでに邪気をそちらに注目させ、前の裾(卵巣)に邪気がいかないようにするという意味合いもあるそうだ。ビーズ刺繍で言うとアラスカ周辺のイヌイット達のアマウティは目を見張るものがある。もはや芸術の域に達したアマウティ。パターンも独特な立体構造になっており、非常に特異なものになっている。効率的には余分なパーツが増え、革もより多く必要とするため機能性と言うよりもやはり宗教的な要素が強く入っているのかも知れない。
デザインをするにあたっては特徴的な大きなフードは取り払ってしまった。大きなシルエットに背中には名残くらいだが、かなりゆとりを取ったセンタータックを仕込み、胸の部分の特徴ある刺繍や切り替えしをデザインとして残した。そぎ落としそぎ落としの工程を踏んでいくにつれ、原形をとどめないほどにひも解いた結果となったが仕上がりは非常に女性らしくゆとりのある着やすいものになった。
[ 筆跡を着る]
今回新たな試みとして
伝統的な生地である金襴の機屋さんの協力の元
絵をジャガードの生地にしたらどうなるかと言う実験をしてみた。
表現したかったのは色で絵の柄を表現するだけではなく
筆跡をどう表現するかと言う事。
キャンバスに力任せに塗られた白い塗料は
様々な方向と太さで陰影を作りだした。
その陰影は細かくも筆跡を表現した物としては最適であり
数回の作り直しを経て出来上がった。