服の歴史と構成を織りなす要素として民族衣装を研究材料にし、
そこから得られる機能性や美を服に落とし込み多方面から表現しています。

​INDIA RABARI

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Photo by 田村正義 Masayoshi Tamura

KEDIYUN SHIRTS

KEDIYUN(ケディユン) とはラバリ族の男性のシャツをさす。

 ケディユンの特徴は、前合わせを紐で結び留める形態であること。また、目につくのが、アンダーバストあたりから切り替えたギャザーパーツだ。まるでスカートのような独特の見た目は、他ではなかなかお目にかかれない服の特徴である。腕周りはタイトに作られており、他の民族衣装同様に基本は直線裁ちだ。前合わせ部分の不自然に曲がった形は、どんな要素から来たのか現時点では不明である。

 ケディユンをシャツにするにあたり、注目したのがアンダーバストからのギャザーパーツである。このパーツはギャザーを寄せることで生地と肌の間に空間をつくり、空気の流れを生む。また直接肌に触れる面積を少なくする事も、熱がこもることを軽減してくれる。この肌に触れる面積が少ないという点を展開させたのが、今回のシャツである。

 暖かい時にシャツを着て汗が張り付くのはどこかと考えたとき、背中の上部周辺と胸部、脇などではないだろうか。そこで、胸部と背中上部周辺に、通常では外側に出すピンタックをあえて内側に立たせ、肌との接触面積を少なくし、通気性を持たせることで心地よく着られるシャツになるのではないかと考えた。襟はケディユンと同様のスタンドカラーを採用。eofmではおなじみの隠しボタンで、適度に前も開けられる快適なシャツに仕上げた。

KEDIYUN JACKET

 一部のラバリ族の男性が着用しているケディユンは、カッチ県のラバリ族が着ている物とは異なり、前中心で紐で留めるタイプになる。ラジャスターン州のラバリ族のケディユンは、「左身頃」右首の横の付け根まで延び、左身頃が極端に湾曲してほぼ体の中心で紐で留められるようになっている。

そもそもこの特有の形の服は16-19世紀に繁栄したムガル帝国(トルコ系イスラム)のJAMAという服に酷似しており、そこから派生した服ではないかという説がある。オスマン帝国のカフタンコートにも似ているが、前合わせの形はどちらかというとモンゴル帝国のものに近いように思える。モンゴル帝国はムガル帝国の発生する100-200年前の文化であり、特にオスマン帝国とモンゴル帝国の間での文化の混合は多くみられた(調度品や絵画技法、服装など)。トルコ系のムガル帝国がその影響を受けていても何の不思議はないのである。

 JAMA(ジャマとの違いはおもに着丈である。ラバリ族は遊牧民であり、宮廷で着るような着丈の長いものは生活に不便で、しゃがんだ時に地面につかない長さになっているという説もある。

こちらのジャケットの特徴としてはカッチ県系のケディユンとラジャスターン州系のケディユンのいいとこどり。ポケットと首から袖口までの長いパーツ。へちま風のスタンドカラー。脇には可動性を踏まえたボックスプリーツをあしらってある。

 首から袖口の長いパーツは、機能としてはラグランスリーブのように袖に角度がつかないので肩周りの動きがとりやすくなる。背中には可動域を増やすためのボックスプリーツも配置し、自転車に乗るときのような前かがみになった動きにも対応している。

KANCHALI,GHAGRA&DUPATTA DRESS

 ラバリ族の女性は一般的には3つのパーツからなる服を纏っている。

 KANCHALI(カンチャリ)。GHAGRA(ガーグラ)。DUPATTA(デュパッタ)。この3つから成っている。

 KANCHALIカンチャリは細身に作られたブラウスだが、一般の服と比べて明らかに違うのは後身頃がないことだ。袖はラグランのように首元から袖口につながる生地で出来ており、バスト部分は別パーツで、縦に多くのタックをとりそこへバストをしまう。バストパーツの下にはタックをとっていない腹部パーツがあり、ウエストから少し上の両脇から紐が出ており、それを留めることで体に固定する。普段は大きいストールのデュパッタを常に頭からかけているので開いた背中は見えないようになっている。

 GHAGRAガーグラはふんだんに生地を使うことでウエストにギャザーもしくはタックを寄せ、体にまとわりつかないようになっており、通気性のある構造になっている。

 DUPATTAデュパッタは頭部から足までの長さがあり、常に頭に乗せた状態であるが、気温の下がる夜はブランケットとしても使われる。室内においては子供の敷布団など多用途に使われているようだ。アラビアのベドウィン同様、強い日差しから身を守るためのアイテムでもある。

 このドレスでは背中を見せずにどう開けるかがポイントとなっている。カンチャリとガーグラを前身頃でつなぎ合わせ、中はショルダーベルトのみ。肩から下がる後ろ合わせの身頃を配置することで、裾からの空気の出入りを可能にした。ガーグラ部分も本物同様に、ギャザーをふんだんに入れることでフワリとさせて肌にまとわりつかないようにしている。また、日本の場合湿気が強く、ぴっちりとしたインドのカンチャリより「ゆとり」を持たせ、全体的に空気の出入りをしやすいようにした。

ROMAN SHOES

 すでに上水道があり一説には蒸気機関がすでに開発され、風力を利用した設備もできていた。非常に発達した文化を築いていたローマ時代。そんななか履かれていた靴もとんでもなかった。

 靴を作る人何人かにそれを見せると、一様にして驚きの声を上げる。その緻密さと完成された形状に。一般的にローマの靴というと、革紐で足を巻いたような形状のものを思い浮かべるのだが、この手の類は群を抜いて緻密であり技巧を凝らした贅沢なものだった。丁寧にパンチを施し装飾されたその様子は、素晴らしいの一言である。

 これをテーマに靴を作ろうと早速取りかかるも、パンチングをしすぎると強度が弱まるので、適度なパンチングを施し現代の靴の製法を用いて、charmantの小林氏に制作してもらったのが今回のROMAN SHOESである。プリミティブな要素とドレスシューズを思わせる上品さを兼ね備えた一足になっている。

[ 縄を着る ]

 

 古代よりヒトは道具を生み出してきた。

 石器を作り火を使うようになり、器を作り食物を保存し、船を作って海を渡った。様々な道具を作り出す中、今現在も太古と同じ構造をもち、数万年という長い間ヒトに使われ続けてきたものがある。「縄」だ。短いものを撚り、一つにして強度を増す。長い木の蔓を編んで1本にする。工程としては複雑なようでいてシンプルな縄は、全世界で様々なものの意匠に用いられてきた。日本ではその名の通り、縄文時代に土器に縄を転がした柄を。地球の反対側では、エジプトでも土器に縄を使った柄をあしらった壺がある。北に向かってケルト系民族の衣装にも用いられ、さらには熱帯のバリ島の寺院の彫刻にも。長年ヒトと暮らしを共にしてきた縄は、全世界で模様として用いられてきたのだ。

 

その縄を生地にしてみたいと思い。ジャガード生地に仕立てた。