服の歴史と構成を織りなす要素として民族衣装を研究材料にし、
そこから得られる機能性や美を服に落とし込み多方面から表現しています。

WEST AFRICA

1/13
1/9
Photo by 田村正義 Masayoshi Tamura

BUBA SHIRTS

Bubaはヨルバで上着を意味する言葉であり、外衣の下に来ているシャツを指す。形は様々であるが、おおよそはプルオーバータイプの七分袖-長袖が多く、着丈も腰丈の物からひざ丈のものまで多岐にわたる。式典などでの正装においてはBabban riga(Grand boubou)を上に着るが日常的にはBubaのみでの着用もあるようだ。パンツにあたるshokotoと生地を合わせて着ることが多いようで、現在でも式典用に多く販売され着られている民族衣装の一つだ。
 現在アフリカの民族衣装としてよく見られるDashiki(ダシキ)は、一番知られているアフリカ的なものといっても過言ではないだろうか。布としてもアフリカンワックスプリントの独特の色遣いや柄の表現はいつ見ても人を魅了する。アフリカンワックスプリントはインドネシアのバティックを植民地時代にオランダが入れ込んだのが始まりという説がある。オランダからもたらされたプリント生地は瞬く間にアフリカに受け入れられ更に独自の発達を遂げ今に至るのである。最近ではストレッチ素材を使用したものやTシャツ生地など様々なものがあるが、形はほぼそのままだ。作りも比較的シンプルゆえに作りやすく、また機能性もよいBubaは何世紀にも渡って愛され続ける服なのだ。

 Buba shirtsでは通気性と着心地の良さを表現する為、Bubaとは別だが、Babban rigaの特徴も入れ込んだ。Babban rigaは巨大な袖パーツを肩やひじなどでたくし上げて着用する。そうすることで動きやすさと通気性を作り出している。通常よりもかなり大きめの身幅は、余分なしわを生み、多少だらしなく見える。そこでBabban rigaのように肩に生地を手繰り寄せる「タック」を入れることで、着心地と見た目の要である肩のラインをきれいに見せつつ、身幅にはゆとりを持たせて通気性を生み出し、さらにはライダースジャケットのアクションプリーツのように腕の動きに合わせて自由に動く。また袖もAHからひじにかけて極端に太く設定し、ベドウィンのシリーズの際にも取り入れた脇下の通気口を更に進化させて取り入ることで更なる通気性に効果をもたらしている。

BABAN RIGA JACKET

Babban rigaは現在では改まった式典の際などに着用される礼服の類になっている。通常は3点のセットになっており、パンツのshokoto、アンダーシャツのBuba、そしてローブとしてのBabban rigaである。極端に幅広の袖を持ち袖口も異様に大きいBabban rigaはイスラムの不純なものを忌避することから地面に袖がつかないように袖をたくし上げて着ることが多いそれゆえ独特のシルエットになる。

 毎度たくし上げて着るのだから行動も多少制限されることだろう。おそらくそこには機能性というよりも装飾性というようなものの意味合いのほうが多いように感じる。実際に機能を有していたものが形骸化して装飾とて残っていく事は服の進化の中では多々あることだ。しかしそれが服の歴史を紐解く中では非常に面白く、無駄を極端に省くことに美を感じる感覚も最近では一般化してきたように思うが、もはや不要になった装飾が、ただ感覚的にこれが良いからという非常に端的な「理由」によるものではないかという気付きにたどり着いた時は、今まで考えていた事って何だったんだという憤りと一緒にサっと靄の晴れる気持ちになる。しかし赤道に近い土地で湿度も高めの気候を有する土地において通気性や日差しを避けるなど実際にその服が機能していないわけでは無い。

 そんなBabban riga を温度変化が多く、多湿にもなりうる日本の環境に落とし込むのは難しくなかった。外見はアウターとしても使いやすいM65フィールドジャケットをベースにした。両脇にはファスナーを付け、その開け閉めをすることで服内の温度や湿度を調整可能に。そうすることで着用できるシーズンの幅を広げる狙いがある。生地は縦糸にナイロン、横糸に綿を使用した高密度の生地を使用することで生地としての耐久性を持ちつつ、多少の通気性を持つ物を使用。薄くても外気との一定の遮蔽性を保つので保温も可能。薄くて遮蔽性がるので中に着るもので調整し得るので秋から春まで着れる。またコットンが横糸で撥水加工を施してあるので(後染めしたものは撥水性はない)雨のシーズンも不快感なく着れる。その際服内の湿度が上がるようならファスナーで調整をする事ができる。襟も取り外しが可能なので寒期は首回りを温め、暖期はとりあ外すことで通気性を高めることが出来る。
 身頃は平置きするとほぼ四角い状態であり、着用することで、Babban rigaの袖をたくし上げた時のようなシルエットを演出。袖は中にニットなどの厚物をきても動きにくくないように肘にタックを配置することで運動量を足した。今回特筆したいのが腰のドットボタンの位置である。毎度自分でミリタリー物を着る時に思うのがポケットのドットボタンを毎度付けたり外したりが手間なことだ。外したままだと音が鳴るし野暮ったい。そこで今回は手を入れられるほどの間隔を開けた場所にドットボタンを打つことフラップをちょっとめくるだけで手を入れられるようにした。使い勝手のよいアウターに仕上がっているかと思う。

BABAN RIGA DRESS

ハウサにおいてはBabban riga、ヨルバにおいてはAgbadaという名称で親しまれている、大判の貫頭衣だ。コットンで作られた生地を縫い合わせた大きなワンピース状のもので構造としては身頃と袖という簡易的な作りをしている。しかしその由来は非常に理にかなったものであったと考えられる。
 この形に似た服を着ているほかの部族がいる。それはサハラの青の民を呼ばれるトゥアレグや以前調査したサウジのベドウィン達である。彼らの共通している

ことは砂漠を生活の拠点にしているという事だ。砂漠の昼は50℃以上に達することもあり、夜は0℃を下回るときもある過酷な環境である。そこから服に必要とされる機能性は通気性と保温性。また照り付ける日光は肌をやくので遮光性も求められる。その点から昼は通気性があり遮光性のある綿素材の色付きの布、夜は大判の布を体に引き寄せることで保温性を持たせるという機能性を備えた様々な服が開発されてきたのだ。

 ヨルバやハウサは商人として太古より様々な民族とつながってきた。その中でも彼らにより多くの影響を与えたのがイスラムではないだろうか。7世紀ごろに誕生したイスラム教は発祥とともに南下していったと言われている。その際に一役買ったのが砂漠を横断するサハラ縦断交易である。時期的にも交易の最盛期は8-16世紀といわれているので普及にはかかわっているはずだ。輸送中の盗賊の強奪や襲撃から身を守るために複数人で共同出資をして組まれる商隊、いわゆるキャラバンでの交易で、砂漠を案内するポジションにいたのが彼ら砂漠の民なのだ。
 今回のハウサやヨルバも商人としてキャラバンに繰り出していたのであろう。彼らの服を活用していたが次第にキャラバン自体が無くなっていきその服の形のみが残った状態になったのでは無いかと推測する。

 その機能性とシルエットを落とし込んだのが今回のドレスだ。湿度の高く温暖ア日本の場合は生地の特性を生かすことをプラスすることでより着やすいものにする必要がある。今回は綿麻のローンを使用。形自体の持つ体に密着しないゆったりしたドレスは通気性がよく、首周りは横に広くすることで胸元が空き過ぎずに通気性を確保している。

 袖からウェスト部分をタイトにすることで余分なしわをなくし、すっきりとしたシルエットにしつつ、ウェストで絞ることで様々な表情を作ることも出来る。
少し透け感のある生地を使用しているので下に着るものを選ぶことで遊び方も様々になるだろう。

 「手や指を使って描く」

小さい子供でも描ける。
一番身近な道具(手)を使って描く手法。FINGER PAINTING。
アフリカでは蚊よけや日焼け止めの効果も含めてボディペイントの文化が見られる。その中でも個性も多様で人それぞれがすべて違う装飾を施せるFINGER PAINTINGは目が見える以上必ず通ってきた道では無いだろうか。絵具は無くとも砂に絵を描くなど表現方法はいくらでもある。自分で描いていて思ったのは線の太さである。指で描くことで出来る線の太さはとても親しみのある太さだったのだ。これが細すぎたり太すぎたりすると違和感がでる。今回は実際に描いたパーツを組み合わせることでパターン化したが、その際の大きさは可能な限り実際の太さに合わせた。新しくも親しみのある柄にできたのではないか。