服の歴史と構成を織りなす要素として民族衣装を研究材料にし、
そこから得られる機能性や美を服に落とし込み多方面から表現しています。

OTTOMAN

press to zoom
press to zoom
press to zoom
press to zoom
press to zoom
press to zoom
press to zoom
press to zoom
press to zoom
press to zoom
1/1
Photo by 田村正義 Masayoshi Tamura

1829年頃。当時の皇帝マフムト2世が政府高官に西洋文化を取り入れはじめ、洋服とフェズ(トルコ帽)の着用を推進。今まで高官が着ていたカフタンなどの現地に根付いた服装から脱却し、近代化を進めた。庶民の洋服可はまだまだ先の事になるが、このへんからオスマンの服文化が薄れ始めているようだ。後にに先述したフェズ(トルコ帽)もオスマン帝国からトルコに変わる際に旧体制の象徴として使用を禁止すらされてしまうのだ。

 時代として近代化と称する西洋化は日本も含め多くの国が取り入れた事であり、それによって進化した部分も多いが、その反面現地で養われてきた服文化の弱体化にもつながっているように思われる。現在の日本や今まで見てきた現在の途上国においてもその流れはどうやら同じようだ。大量生産、大量消費の裏に隠れた大きなうねりが家庭内制手工業で養われてきた文化や技術を。それとは違う近代化と言ううねりが王権の元養われてきた贅の限りをつくした文化の推進力を失わせ文化を飲み込んでしまったのだ。時代の流れにはなかなか逆らうことはできないが、やはり個人的には非常に惜しいものを感じる。

オスマンといえば高級絨毯であるキリムが代表的なものとしてあげられるであろう。このキリムと言う文化はそのうねりの中においても独自性を発揮し、世界中から賞賛され認められてきた。特に貿易が盛んな時期は全て手作業で行われていたその緻密で繊細な模様や仕上がりから様々な国の富裕層に愛され重宝されてきた。現在でもそれは変わらない。基本は機械織りの化学染料染めがメインとして成り立っているが手織りで天然染料のシルクのギャッベ(表面の起毛した絨毯)やキリムは数十万から百万単位の値段が付き取引される。それは金額としては高いが、物の価値としてはうなずけるものである。現在取引されているキリムは先に述べたように量産型の物なので値段も手ごろな物はあるが、私のような庶民にとってはやはり少しお高いものではある。展示会時のコンセプトモデルでは強姦そのキリムをラペル部分に使ったジャケットを制作した。

特徴的なのはショールカラーに付けられた釦で、王族のカフタンに見られる装飾としての数多く付いた釦をイメージしたものとなっている。

Shalwarとは中東で広範囲に使用されているパンツの総称で、長方形の生地を二つに織り、輪になった辺の左右角に穴をあけ、両脇を縫い、腰は紐で絞っただけと言う簡単なものである。現地の気候は海沿い以外は暑くも乾燥した地域が多いため、ピッタリフィットするような形のパンツでは無く、ゆったりと余裕を持たせ、中の空気が動き易い構造の物が好まれた。民族によって違いはあれど、定住する事もあるが遊牧生活が多かった様子でその生活スタイルから騎馬文化の象徴ともいえるジョッパーズとシャルワールとの融合を図った。

 クシャックというトルコの民族衣装においては外す事の出来ない太い帯の役割とはなにか。ここは推測の話になる。実際トルコ人から聞いた話ではあるが、トルコの民族衣装文化は日本の着物以上に廃れている。一部の結婚式か舞踊に一部残っているていどなので、情報もばらばらと断片的に落ちている程度。そのパズルはなかなかむずかしいのだ。現地での使われ方としては腹全体を覆うほどの巾があるため、物をしまう事が出来る。財布、タバコ、短刀などなど。ただのベルトとしての役割以上の役割があった。そこでポケットの容量増量に傾けた。また中に物を入れた時に太ももがパツパツとしないようにタックをいれ立体感を持たせた。

 太ももの極端に太いその形状の由来は先にでたシャルワールである。国によってのシャルワールの形は違えど、動きの多い仕事や、騎乗する事の多い軍兵や庶民はくるぶしから脹脛、膝までをヒモで絞り密着するようにしていた。もしくは現在のゲートルのような生地を巻き付けた装いをしていた。それはジョッパーズの名前の由来でもあるインド北西部のjodhpur(ジョドプール)の民族も同じである。ちなみにジョッパーズの起源はジョドプールの民族衣装をイギリスの兵士が見て軍に採用したと言うのが定説である。

 またデザイン的にはウェストベルトの巾を通常の4.5cmに比べ大幅に太い6cmにし、まるで帯を巻いているかのような雰囲気を演出。シャルワールの履き心地を無くさないために股下にはマチを設けている。

KAFTAN(カフタン)とは中東イスラム圏において着られていた外套(がいとう・コートの意)である。寄り細かく言えば一番外に着ていた、着丈が長く、長袖の合わせ仕立ての服の事でる。庶民からスルタン(皇帝)に至るまで着られていたものであり、オスマン帝国600年の歴史の中でスルタンの服は大きく進化した。生地は贅を極め、シルエットの研究も進み、多様性を生み出す。

 

 私が面白いと思ったのは袖である。袖が袖の役割を忘れたのである。民族衣装をやっていて役割を忘れたディティールは多少見てきたがあからさま過ぎて笑ってしまうほどだ。ちょっと前には原宿、渋谷らへんを10代20代の子たちがジャケットに袖を通さず肩に乗せた状態をオシャレとして闊歩していたが、まさにそれである。肩にかけるだけのカフタンの袖は袖の役割を捨て、新たに装飾としての役割を担い始めた。もはや袖の付け根に腕を通す穴があき始めると、もう人間の盲腸のように不要の、ただあるものとしての意味しかなくなる。強いて言えばそれを着れる人物が限られたと言う事で、意味はあったかもしれないが。非常に興味深い進化である。

 基本カフタンはくるぶし位まである、いわゆるマキシ丈のコートである。さすがに乗り降り等足の動きの多い現代においてマキシ丈のコートは利便性に欠けるので、脹脛程度で調整。本来のカフタンは裏地付きであり、上等なもににあれば毛皮を内側に配し、暖かさを保つ物として重宝された物もあるが、今回は裏地のみとした。裾に行くにつれ広がる形は女性らしさを強調し、ウェストのベルトはアンダーバストから少し下の場所で留めることが出来る。アンダーバストからちょっとしたにポイントをもってくる事で全体のバランスをよく見せる。

 

 このアジア圏のモンゴロイドにおいてその身体的特徴からアンダーバストにポイントも持ってくると言う事は、女性を美しく見せる為の国や民族を超えた共通の事のように思うようになった。日本、韓国、中国、インドネシア、中東と多くの国の女性がアンダーバストにポイントを置いているのである。これはもう少し研究の余地がありそうである。

 

 話は戻り、カフタンにおいては裕福な層においてもそのボタンの数は多く、装飾的な意味合いが多いように思われる。またこのコートにおいてボタンを留めるループの付け方はメンズのベスト同様、アナトリア北部、黒海近くの民族衣装見られる特徴を採用。端に紐を巻き縫いで留めていく手法である。

このロングシャツはオスマンの女性の装いを端的にまとめて見たものである。シャルワールの腰から下のボリューム感。また上部にはベストの要素も取り入れてみた。釦の数が多いので留めづらいと言う方もいるだろう。なぜそんなにもボタンが付いているのか。

 そもそも釦は釦では無く、組みひも釦であった。オスマンという国は多民族国家であり、東洋と西洋の中間地点である。人種としてもモンゴロイド、コーカソイドが入り混じった環境がある。そんな中、FAUST CLOTHINGでも取り上げたモンゴルが登場する。モンゴル帝国は極東からヨーロッパに迫る勢いでユーラシア大陸の中心部を占有した。それ以降モンゴル系の文化の影響も大きく、その中で組みひも釦が登場すると言うわけだ。しかしこれは私の憶測である。もしかしたら逆に中東からモンゴルへの文化かもしれないが、現状での調査ではわかりかねるので了承いただきたい。
 この釦であるが、おそらく装飾品としての用途が大きく、裕福な人たちにとって釦を占める作業と言うのは使用人の仕事の一つでしかなく、多く付いている事で何の面倒くささも無いのだ。

 上半身はフィットしつつも下半身のボリュームからくる美しいラインは、さすがに現代において極端なラインを出す事は生活に支障をきたす可能性がある。もちろん身の回りの世話をしてくれる使用人がいるあなたなら関係ないかもしれないが。。現代の生活スタイルにはめ込むにはもう少し局所的にピックアップする必要があるだろうと思いこのデザインに至った。

Shalwar(シャルワール)とはインドからエジプト、モロッコに至るまで中東をメインにイスラム圏に多く履かれているパンツである。一番簡単な作り方としては1枚の長方形を二つに折り、輪になった辺の左右の端に切れ込みを入れ、両脇を縫い合わせて腰に絞りを入れられるようにしたものである。その動きやすさと、通気性に優れたデザインは広く受け入れられ、何と日本にまで届いている。それはモンペである。起源は諸説あるが、中東から西洋に受け入れられたシャルワールはヨーロッパに至る。日本に来たポルトガル人が履いているパンツを観ていただきたい。この極端に膨れ上がったこの形状はいかにもシャルワールである。その経路まではたどれていないが、どうやら諸説の1つとして考えられているようだ。非常に簡単な作りのパンツ故、自然発生的に共通項が多かったと言う事もありうるがそこはロマンを追いたい。なにせ馬だの牛だの、帆船だのという時代に地球を半分以上隔てて届いた服の文化である。


 今回のシャルワールパンツはそんな背景も含めてデザインした。シャルワールとセットのクサック(帯)を表現するのにウェストを幅広にし、また比較的進化したシャルワールに見られる特徴の股下で”はぐ”スタイルを採用。裾口は絞りを入れるのではなく、ゲートル風にボタンで絞れるようにした。ウェストは紐で絞らずボタンで留めるようにした。ウェストを絞りで留めると言う事は、ウェスト部分にギャザーが寄り非常にポッコリしたシルエットになってしまう。それはそれでいいのだが、個人的にはやはりウェスト周りはすっきり見せたいのだ。特に女性の場合、時でポッコリしているのか服でそうなっているのかわかりづらいものは好まれない。

そこでベルトにしてできるだけ体にフィットしつつも、太もも以下の動きやすさを出すためのゆとりをいれる。股下が深い場合、足の稼働息を計算しておらず立った状態で足を上げる事すらままならないようなサルエルパンツなど世では出ているが、それでは生活に密着した服作りとは言えない。その部分も綺麗にカバーできるよう計算した股下を設定。またクサック(帯)のもつ収納性をこのパンツでは前、後ろに設置したポケットで補う殊にしている。独特のドレープ感を演出できるパンツを是非体験してみて欲しい